ソウルにある5つの王宮の中で昌徳宮(チャンドックン)の陰に隠れて、行かずじまいになりやすい宮殿、それが昌慶宮(チャンギョングン)かもしれません。

もともとは、正宮の景福宮(キョンボックン)に対して、東方の離宮として昌徳宮が作られ、さらにその東隣りに造られたのが昌慶宮でした。それは当初から李朝の脇役的な宮殿だったと言えると思います。

そんな当初の昌慶宮には、王の母親や女性たちが住む建物がたくさんありました。

1610年以降、昌徳宮が李朝の正殿として用いられるようになってからは、その隣の昌慶宮でも様々な事件が起こり、それらはドラマの素材にもなっています。

昌慶宮は、昌徳宮と同様に自然豊かな宮殿です。夜はライトアップされて夜8時まで入れるので、暗くなってから行ってみると良いかもしれません。

今回の記事では、そんな昌慶宮についてまとめてみました。


昌慶宮に行く前に知っておきたいこと!


李氏朝鮮王朝が開かれたのは1392年のこと。まず漢城(現在のソウル)には、李朝の正宮として景福宮が建設され、続く1412年には離宮として昌徳宮が完成しました。

このとき昌徳宮を作ったのは、第3代王の太宗(テジョン、1400年即位)です。

そして太宗の退位する1418年、昌徳宮のすぐ東隣に「寿康宮」という建物が建てられます。この建物は、かの第4代王の世宗(セジョン、1418年〜1450年在位)が、父・太宗の退位後の住まいのために建てたもので、これこそが昌慶宮の前身でした。

太宗は1422年には享年55歳で亡くなっていますので、寿康宮は数年間使われただけで、その後は、長い間、使われなかったようです。

第9代王の成宗(1469年〜1495年在位)の時代になり、1483年、ついに寿康宮を拡張して、宮殿として「昌慶宮」が建設されます。この建設の目的は、次の3人の大妃を住まわせるためだったといいます。
  • 祖母の貞熹王后(チョンヒワンフ、第7代王・世祖のお妃)
  • 生母の昭恵王后(ソヘワンフ)
  • 養母の安順王后(アンスンワンフ、第8代王・睿宗の継妃)

通常、宮殿の門や中央の殿閣は南向きに建てるのが原則だったようですが、昌慶宮では、宮殿正門の弘化門と正殿の明政殿が、その地形に従って東向きに建てられました。さらに、女性たちが住む内殿の建物がたくさん造られましたが、それらは南向きに建てられたようです。

昌徳宮と昌慶宮は、景福宮の東にある離宮として、東宮を意味する「東闕(동궐、トングォル)」と呼ばれたようです。

現在の昌慶宮の正門付近
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さて、昌慶宮が建設されて100年ほど過ぎた頃、1592年の秀吉の朝鮮出兵(文禄の役)に際して、昌慶宮は昌徳宮と一緒に焼失してしまいました。

その後、両宮殿が再建されると、昌徳宮が李朝の中心として正宮に使用され(1610年〜1865年)、その時代、隣の昌慶宮でも様々な歴史的事件が起こっています(張禧嬪の処刑、思悼世子の死など)。

20世紀の日本植民地時代になると、昌慶宮の建物の多くは破壊・変形され、敷地内に動物園や植物園、博物館がオープンしてしまいました。その名称も、宮殿から格下げされ「昌慶苑」に改称されたのだとか。

そんな苦難の時代も終わり、昌慶宮は、1980年代の約3年間の復元工事を経て、現在の姿を取り戻しています。

昌慶宮の主な歴史

1418年、第4代王の世宗が寿康宮を創建。第3代王の太宗が居住
1422年、太宗が崩御
1484年、第9代王の成宗が王宮を拡張、昌慶宮と命名
1592年、昌徳宮・昌慶宮焼失
1610年、昌徳宮再建
1616年、昌慶宮再建
1624年、李适(이괄)の乱が起こり昌慶宮が焼失
1701年、粛宗の時代、張禧嬪(チャンヒビン)の処刑
1762年、英祖の子、思悼世子(サドセジャ)の死
1830年、歓慶殿一帯火災
1834年、焼失した殿閣再建(現存)
1909年、殿閣を壊して、動・植物園オープン
1911年、博物館設置、昌慶苑へ改称
1983年、復元工事(1986年まで)





昌慶宮の見どころ(フォトスポット)


昌慶宮は、昌徳宮より観光客が少なく、ゆったりと周ることができます。

建設当時に比べて残っている建物は少なくなっているようですが、まつりごと行われた正門や正殿、女性たちが住んだ内殿とともに、かつて公園として作られた植物園なども楽しむことができます。


弘化門(홍화문、ホンファムン)


昌慶宮の東向きの正門です。1484年に建築された後、文禄の役で全焼し、1616年に再建されたものです。

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玉川橋(옥천교。オッチョンギョ)


1483年頃に造られたと言われる長さ9.9m、幅6.6mの石橋です。

弘化門から宮殿の中に入り、この橋を渡って、正殿に入っていくことができます。



明政殿(명정전、ミョンジョンジョン)


李朝の王宮の中で唯一の東向きの宮廷です。

昌慶宮の正殿として1483年に創建されました。現存の建物は、文禄の役で全焼し、1616年に再建されたものですが、それでも李朝王宮の正殿の中でも最古だということです。

王の即位式が行われたり王が朝賀を受けたりする場所として使用されました。

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通明殿(통명전、トンミョンジョン)


女性たちが住んだ昌慶宮の内殿の中で最も大きい建物です。

昌慶宮の創建時に建てられ、その後、火災で幾度か焼失し、1834(純祖34)年に再建されたものです。


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植物園(大温室)


1907年に造られた韓国初の洋式温室の植物園で、大温室が残っています。

植物園の前には、春塘池(춘당지、チュンタンジ)と呼ばれる人工池も観ることができます。

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昌慶宮のまとめ
  • 昌慶宮:昌徳宮に隣接する離宮
  • 行き方:ソウル地下鉄4号線恵化駅4・5番出口から徒歩14分、地下鉄3号線安国駅3番出口から徒歩20分
  • 正門前のバス停の利用も可
  • 平日の月曜は休業
  • 所要時間:1時間程度
  • 営業時間:9時から21時(入場は20時)まで
  • 入場料:大人1000ウォン、子供500ウォン


昌慶宮の観光をより楽しむためには

  • 韓服を着用していくと無料
  • 毎月最終水曜日(文化の日)は無料
  • 満6歳以下、満65歳以上は無料
  • 日本語の無料ガイド付観覧あり(玉川橋前集合)。時間は10:00、14:00からの約60分
  • 昌慶宮・昌徳宮の連携観覧可(別途チケット購入)。両宮殿の間に連絡通路あり
  • 夜間は控えめにライトアップされ、無料で提灯を借りられる


昌慶宮のお勧めサイト









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