どうも!ほわやんです。

今から65年ほど前、日本に1950年代後半から高度成長期があったように、韓国も日本から10年ほど遅れて高度成長の時代が始まりました。この時代は、俗に漢江(ハンガン)の奇跡と呼ばれています。

そして、この成長の時代を牽引したのが朴正煕大統領(1963〜1979年の韓国大統領)でした。朴槿恵大統領の父親としても、よく知られています。

韓国の高度成長の時代を知ってこそ、現代の韓国のこともわかると思います。そこで今回、漢江の奇跡と朴正煕大統領のことを調べてみましたので、以下にレポートします。

ソウル観光で朴正煕大統領記念館に行く方は、事前学習としてもご参考ください。


漢江の奇跡を駆け足で振り返る


「漢江の奇跡」という言葉は、西ドイツの戦後の経済復興・成長を指し示す「ライン川の奇跡」から付けられた言葉であると言われます。

韓国は1960年代後半から急速な経済成長を続け、漢江流れるソウルも大きな発展を遂げました。こうした劇的な経済発展に、1980年代の韓国の民主化実現を加えて「漢江の奇跡」と言うようです。

国の経済復興と成長のためには莫大の資金が必要です。韓国では、ベトナム戦争の参戦(参戦期間1964〜1973)によって米国より得られたドル資金や、1965年の日韓基本条約の締結とそれ以降の日本からの資金援助が経済成長の原動力になりました。

漢江の奇跡により、韓国がどのように変わっていったのか、以下にまとめてみました。
  • 社会インフラが整備され、ソウルと釜山を結ぶ京釜高速道路(1970年全線開通)や、昭陽江ダム(1973年完成、春川)、忠州ダム(1985年完成)が建設

  • 輸出志向型工業化の推進。日本からの技術導入により浦項総合製鉄(現ポスコ)を設立(1968年)

  • 財閥への優遇政策により、サムスン、LG、現代などが巨大財閥へと成長

  • 大韓国民航空社が民営化(1969年、現在の大韓航空となる)

  • セマウル運動と呼ばれる農村の活性化運動(1972年頃〜)

しかし、こうした経済成長を主導した朴正煕大統領は、1979年に暗殺されます。その後、韓国では、民主化運動が盛んになり、そのクライマックスは1988年の民主化宣言とソウルオリンピック開催でした。

そのような時代を経て、現代の韓国が形作られていきました。




クーデターで生まれ、クレーターで去った朴正煕大統領


朴正煕大統領はもともと職業軍人でした。そのような軍人がどのようにして韓国の大統領になったのでしょうか。

1961年、軍人朴正煕は軍人クーデターを起こしました。その後、国家再建最高会議議長に就任し、1963年から1979年まで、韓国大統領(第5代から第9代)を務めました。

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朴正煕大統領の人物像や業績を手取り早く知るためには、1961年の軍事クーデターを起こした目的、その後の大統領としての時代、そして1979年に暗殺されることになったクーデターの目的を知るのが良いと思います。

1961年当時に遡ると、当時、韓国は議会が混乱しており、朝鮮戦争(1950〜1953年)からの復興や工業化が進まず、軍内の腐敗も蔓延っていたと言われます。こうした中で、当時の朴正煕少佐は経済の復興を掲げて、軍事クーデターを起こしたと言います。

したがって、朴正煕大統領は当初から経済政策を重視した大統領だったようです。しかし、大統領による政治体制は権威主義による開発独裁体制でした。労働組合や民主化運動は弾圧され、政治犯に対しては拷問や投獄もされたと言います。

このため、1979年に朴正煕大統領を暗殺した側近の金載圭は、独裁体制の打倒と民主化の実現を掲げました。

朴正煕大統領は、強い独裁力により韓国の経済成長を引っ張り、そうした独裁体制が限界に達したときに一時代の役目を終えた大統領だったといえるかもしれません。

<朴正煕大統領の略歴>
  • 1917年11月14日、慶尚北道亀尾で生まれる
  • 1932年、大邱師範学校に入学
  • 1951年〜、韓国陸軍に在籍
  • 1961年5月16日、5・16軍事クーデターを起こし、国家再建最高会議議長に就任
  • 1962年3月24日、大統領権限代行
  • 1963年10月15日、韓国大統領に就任
  • 1974年8月15日、文世光事件。暗殺未遂、陸英修夫人が死去。
  • 1979年10月26日、暗殺。享年61


朴正煕大統領記念館へ足を運んでみよう!


さて、ソウルの西部に、朴正煕大統領記念館があります。

ここに何が展示されているかを知れば、韓国が朴正煕大統領をどのように評価しているかを知ることができるでしょう。展示館には、3つの展示室があり、次のようなコーナーがあるようです。
  • 第1展示室:「5・16革命と近代化革命コーナー」「輸出主導型、経済開発推進コーナー」「電力難解決のための苦闘コーナー」
  • 第2展示室:「高速道路建設コーナー」「セマウル運動コーナー」「農業開発コーナー」
  • 第3展示室:朴正煕元大統領と陸英修(ユク・ヨンス)夫人を深く知ることのできるコーナー

関心のある方は、足を運んでも良いと思います。記事を書いていて、私も今度行ってみたくなりました。



この時代をより知るための映画・ドラマ


朴正煕の暗殺事件を描いた映画に『ユゴ 大統領有故』(2005年)があります。ユゴ(有故)とは「事故に会う」という意味のようです。なお、韓国での映画の題名は『그 때 그 사람들(そのとき、その人たち)』でした。

私も昔この映画を韓国語で見ました。その当時の韓国語の実力はまだまだだったせいか、あまり内容は覚えていませんが…。ただし、朴正煕大統領が日本語で演歌を歌うシーンや、私生活での女性関係と政治の腐敗が描かれていたことを覚えています。

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朴正煕政権の1970年代の時代を描いた『ジャイアント』(2010年)という大河ドラマもあるようです。当時、農村地帯だったソウルの江南地域が発展していった時代において、建設業界での主人公のサクセスストーリーが描かれているようです。

全60話ということで、観るのがたいへんですが、関心のある方はどうぞ^^

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