韓国の首都は言わずもがな「ソウル」です。けれど、李氏朝鮮時代までは「漢陽(ハニャン)」とか「漢城(ハンソン)」と呼ばれていたことをご存じでしょうか。なお、韓国併合の時代には「京城(ギョンソン)」と呼ばれていました。

「漢陽」や「漢城」という名称や、現在でも企業・大学の名称として、または韓国料理のお店の名前としても使われたりします。

でも「漢陽」や「漢城」って、厳密に何を示していた名称なの?

もし観光でソウル巡りをするときに、これらの名称の意味をしっかり押さえておけば、人にちょっとした自慢ができること、間違いなしです!


「漢陽」と「漢城」と「ソウル」の意味の違いを抑えておこう!

現在のソウルの地域は、時代の移り変わりとともにさまざまな名称で呼ばれてきました。しかし、いつの時代も、そこには漢江が悠然と流れていた、そのことを知っておくだけでもソウルの歴史を見る目はだいぶ変わってくると思います。


さて、その中で「漢陽」という名称は、まずは新羅時代に使われたとのことです。その言葉の意味は、もともと漢江の北側を「陽」であるとして、その地域を「漢陽」と呼ぶようになったようです。

その後の高麗時代で、「楊州」や「南京」という別の名称に改められたこともあったようです。「南京」というのは高麗の副首都になったということですから、当時から漢江流域は重要な地域であったということは間違いないでしょう。

そして、この漢江流域が歴史の中心に浮上するのは、李氏朝鮮時代に入ってからです。

李氏朝鮮の初代王である李成桂(イ・ソンゲ)は、漢陽を首都に定めながら、1395年に「漢陽」は公式的に「漢城」に改称されました。ただし、その後も、「漢陽」という名称もそのまま使われていたようです。

続く韓国併合の時代(1910年〜1945年)には、「漢城」に代えて「京城」と正式的に呼ばれるようになりました。

「ソウル」という名称が使われるようになったのは、韓国解放後の1945年からです。ただし、もともと「ソウル」というのは、一般名詞として首都を表す言葉であったと言われます。

なお、「ソウル」はハングルで「서울」と表記する一方、その漢字表記は定まっていなかったのですが、2005年に中国人向けに「首爾(ショウアル)」とすることに決まりました。

大昔のソウルを知りたければ、漢城百済博物館へ!

さて、漢江の流れる地域が「漢陽」と呼ばれるより前は、朝鮮半島は新羅・百済・高句麗の三国時代でした。そのころ、その地域はどのようだったのでしょうか。

今から千五百年も昔、百済(ペッチェ、前18年?〜660年滅亡)は、数百年間にわたり紀元475年まで、漢江の南側に首都を置いていたと言います。


そんな大昔の百済に関連する資料が、ソウル東南部・蚕室(チャムシル)にある「漢城百済博物館」に展示されています。ちょうどオリンピック公園がある場所です。

その博物館の周辺には、その大昔、百済が土を盛って築いた南城・夢村土城と北城・風納土城があったとか。ちゃんと、8号線夢村土城駅、9号線漢城百済駅と、地下鉄の駅もあります。なお、この場所は百済の漢城とは言うものの、李氏朝鮮の漢城とは別物ですのでご注意を。

博物館の館内には、3つの常設展示室と企画展示室があります。常設展示室では、百済建国前の先史時代、百済の漢城時代、そして百済が新羅・高句麗と漢江流域で戦いを繰り広げた三国時代のといった、時代別の様々な資料が紹介されています。

ご関心のある方は、この記事の最後にお勧めサイトをご紹介しておきますので、ご参考あれ。


漢陽都城を知って、ソウル観光を楽しもう

現在のソウルで「漢城」や「漢陽」と呼ぶ場合は、李氏朝鮮時代のそれを指しています。

李氏朝鮮時代、漢江の北側に築かれた首都には、その「漢城」という名のとおり、守りのための城壁でぐるっと取り囲まれました。現在、その城壁は「漢陽都城」と呼ばれ、一部の区間では現存する城壁が見られます。


漢陽都城の城壁の総長は18.6kmで、高さは5〜8mほどだったと言います。城壁の中に20万人ともいわれるたくさんの人が住んでいたようです。

しかし、一般に有名なのは、城壁自体よりも、その城壁を通過するために設けられた東大門や南大門の方でしょう。これを含めて、漢陽都城には東西南北の4つの大門と4つの小門があったと言われます。

漢陽都城の中の大きさはどれくらいかを実感するために、Googleマップを使って、もう少し広さを調べてみました。

試しに、現在、東大門がある場所から、昔、西大門があった場所(5号線西大門駅の近く)までの距離を測ると、漢城の都の大きさは東西方向に3.7kmほどであったことがわかります。

一方、漢城の北と南には北岳山と南山という山があり、その山中にも城壁は作られました。北岳山にある北大門の地点から、南山にあるNソウルタワーの地点までを測ると、南北方向で5kmくらいになります。

そして現在のソウルには、かつての漢陽都城の城壁の中に、多くの王宮が位置しているわけです。

最後に観光スポットを2か所ご紹介します。

もし東大門の界隈に出かけるのであれば、近くにある漢陽都城博物館(無料)に出向いても良いかもしれません。漢陽都城のことを知ることができますよ。

一方、市内の景色を楽しみながらぶらりと歩くのが好きな方は、城壁に沿って歩く漢陽都城ウォーキングツアーがあるので、ご利用されてみてはいかがでしょうか。



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